1月30日公開の「機動戦士ガンダム閃光のハサウェイ キルケーの魔女」を公開初日に友人と二人で見に行った。
そのあと、感想をしゃべっていたのだが、意見が食い違うところが何点かあった。おんなじものを見ているのに、感じたことが真逆なのだ。
その点が面白かったので、書いてみようと思う。
この記事は映画の解説ではなく、ただ私の感想である。
実際の設定やシーンの正しい解釈を知りたい人は、あまり向かない内容です。
※この記事にはネタバレが含まれます

ケネスとギギはヤッたのか、ヤッてないのか
なんとなく、映画を見る前は私はギギはケネス側につくんだろうなと思っていた。
しかし、意外と映画を見るとギギはケネスに思ったほど、なついてないし、終盤では結局自分から、ハサウェイに会いに行くぐらいハサウェイ側だった。
劇中でもケネスと寝たみたいな描写も本当に見つけられなくて、映画のギギは意外と一途で、見る前の想像と全然違っていて面食らってしまった。
途中でギギとメイスが言い合いになるシーンがあり、ギギが耳元でメイスに何かを囁いて怒らせるシーンがあった。
劇中ではなんといっているのか分からなくなっているので、友人と調べてみた。
小説版では、「大佐、セックス上手でさ、オーラルもアナルも要求されたでしょ?」と言っているらしいということが分かった。
すると、友人が「やっぱり、ギギとケネス、ヤってたんや!」といったのを聞いて私は衝撃を受けた。
先ほど言ったとおり、私は劇中を通して、ギギはハサウェイに一途の印象を抱いていたし、この発言は適当に相手が怒りそうなことを言ったのだと思っていたからである。
そのため、私は全然ヤッているとは思っていなかったのだ。
というか、ギギをある程度きれいな存在で描こうとしているのを私は感じていたし、映画を見たほかの人もそう感じているだろうなと勝手に思っていた。
同じものを見ても感じ方って違うんだなって、改めて気づかされた。
ケリアは、なぜ坊主にしたのか
劇中でハサウェイと多少のいざこざがあった後、ケリアが自分の髪をそって坊主にするシーンがある。
私はあのシーンは肉欲に苦しんでいるハサウェイのために、色気をなくすために髪をそったのだと思っていた。
しかし、友人はギギとハサウェイがそれっぽい関係になったから嫉妬して、坊主にしたんだろうと推察していた。
今回これを聞いてこっちの解釈を1ミリもしなかった自分に驚いた。確かに、後の描写を見てみてもそう感じたっておかしくはなかったはずだ。
しかし、ほんとにほんの少しもそっちの解釈が頭に浮かばなかったのは、キャラに美しさというバイアスをかけてアニメを見ているからだろう。
というか、たぶん私はこの作品だけでなく、すべての作品に対して、キャラクターを美化して見てしまう癖がある。
嫉妬して、それの当てつけでするのではなくて、相手のためを思い、これ以上苦しめないように坊主にしたという解釈をする方がキャラクターをきれいに感じる。
ましてや、ケリアのような美しい女性にはよりそのような理想を押し付けてみてしまうんだろうなぁ……。
なんて、面白い気付きを得られて満足です。


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